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能楽トリビアTrivia

Question156 “謡宝生”と呼ばれるのはなぜ?(2019年6月28日追加)

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シテ方5流のうち、観世流に次ぐ隆盛を誇る宝生流。江戸時代には5代将軍徳川綱吉や、11代将軍徳川家斉らの庇護を受け、流勢を拡大しました。また特に金沢を中心とする北陸では、加賀藩5代藩主・前田綱紀が推奨したこともあり、武家や庶民の間で宝生流が大流行しました。今も趣味で能をたしなむ人が多く、関連イベントが頻繁に開催されるほか、2006年には「金沢能楽美術館」が開館するなど影響は連綿と続いています(トリビア58)

宝生流でよく言及されるのが、「うたい宝生」の別名がつくほど特徴的な謡。なぜ「謡宝生」なのでしょうか。

さまざまな解釈があり、派手さのない重厚・堅実な芸風から、その謡にいぶし銀のような魅力を感じる人もあれば、「節の一つひとつを明瞭に扱う」「拍子に合うところをはっきりと扱う」といった謡い方を特長に挙げる人もあります。

また、節そのものが華麗で、変化に富むこともポイントのひとつでしょう。わかりやすい例が、ヨワ吟で「かん」という超高音を使うところです。この音は高音の「クリ」より一段高い音で、他の流儀ではほとんど用例がありません。甲に繰り上げるという意味で、カングリと呼ばれる節になります。主に盛り上がる場面で登場し、謡の表現の幅を広げます。

逆に、殊更に寂しい場面、悲痛な場面、暗い情景の描写など、一見地味で目立たないようなところにも活用され、劇的効果を高めるケースも見られます。

ヨワ吟のカングリの節は、江戸時代、家斉の指南役となった14代宝生英勝ふさかつが創始したと言われます。彼はまた、今日の宝生流の謡、芸風の基盤を作ったとも伝えられています。

宝生の謡に接する機会があれば、ぜひ、その独特の節扱いの妙味を楽しんでみてください。


イラスト:坂木浩子
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「能楽トリビア」は作成にあたってこちらの文献を参考にしています。


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