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安宅(津村禮次郎、他) © TOSHIRO MORITA |
能は完全な分業からなりたつ演劇です。謡と演技を担当する立方はシテ方・ワキ方・狂言方の三役から成り、伴奏担当の囃子方は笛方・小鼓方・大鼓方・太鼓方の四役から構成されます。そして、さらに各役がいくつかの流儀にわかれているのです。
江戸時代までは、ワキ方、囃子方、狂言方を「三役」と称して、シテ方の流派が専属の三役をもつようになっていましたが、明治維新でその仕組みは崩れました。現在では、7つの役籍に二十四の流儀があります。
これらの流儀は、シテ・ワキ・狂言方ならば詞章や謡い方・所作が、囃子方なら、囃子の手組や演奏法が、それぞれの流儀ごとに若干違っています。基本的に、シテ方というひとつの役籍のなかで、流儀の異なる混成チームをつくることはありません。しかし、座付きの役がなくなったことから、今ではそれ以外の役籍間で流儀の組み合わせは自由になっています。
能の主役であるシテ、およびツレ、子方も担当し、また地謡もシテ方の役割となります。
舞台の後座に控えて、装束の乱れをなおす、小道具を渡すなどの役割を担い、舞台進行を助ける後見(こうけん)もシテ方の大事な仕事です。シテ方の役割は広範なので、ワキ方や狂言方、囃子方に比べて圧倒的に人数が多くなっています。
シテ方には、「能楽五流派」と呼ばれる観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流の流派があります。観世、宝生、金剛、金春は、室町時代初期の「大和猿楽四座」に源流があり、それぞれオリジナルのレパートリーを持っています。
「ワキ」は、室町時代にシテ方から独立した専門分野を確立し、家の芸として継承されてきました。座付きの時代を経て、現在は流派ごとに独立しています。高安流、福王流、下掛宝生流があります。
謡の音楽を担当するのは「囃子方」です。囃子方は、笛(能管)、小鼓、大鼓、太鼓(大皮)の4種類の楽器からなり、これらを「四拍子」といいます。それぞれの楽器は、専門に分かれていて、伝統的な奏法が受け継がれています。
現存する流儀は、笛の一噲流、森田流、藤田流、小鼓の観世流、大倉流、幸流、幸清流、大鼓の葛野流、高安流、大倉流、石井流、観世流、太鼓の観世流、金春流です。
能の上演時には、各楽器の担当が1人ずつ舞台後方の「囃子座」に座り、演奏します。
狂言は、能と同じく、猿楽から生まれた芸能で、ひとつの演目として独立して演じられる「本狂言」と、能の一部として演じられる「間狂言(あいきょうげん)」、能「翁」の一部をなす「三番叟」を指す「別狂言」の、3つの種類に分類できます。
通常、一演目としての狂言とは「本狂言」のことを言います。本狂言は、人々の生活のひとこまを扱った笑劇です。主人のいいつけに背く太郎冠者、聟(むこ)と舅のやりとり、口やかましい妻、まぬけな盗人など、当時の社会で、ごく普通にみられた人々が登場し、身の回りで起きた出来事を、ユーモアを交えて演じます。
そこには、社会風刺の鋭い視点も見受けられます。また、狂言には、当時人気があった民衆芸能の田楽や、曲舞(くせまい)などの芸能や歌謡も取り入れられています。
能の演目の中で狂言方が演じる役とその演技を、「間狂言」または、「間(アイ)」といいます。間狂言には、さまざまな役割がありますが、代表的なものは、シテが中入りした後に登場し、前場と後場をつなぐ「居語り」です。「居語り」は、その土地の人として登場し、土地の名所・旧跡の謂れなどを語ったり、シテにまつわる話を述べたりします。
このほかにも、シテやワキとの間にせりふのやりとりがあるものを「アシライ間」、能の初めのきっかけをつくる「口開間(くちあけあい)」、早鼓で登場し、後場の事件を知らせる「早打チ間(はやうちあい)」などがあります。
狂言方の流派には、大蔵流と和泉流があります。
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