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能楽師に聞く

能楽師に聞く 第3回 シテ方金剛流二十六世宗家 金剛永謹
芸を磨くとは、芯をつくること

2016年のある日、京都御所の西側、烏丸中立売上ルの金剛能楽堂へ足を運び、二十六世金剛宗家、金剛永謹氏を訪ねた。
雨上がり、少し差してきた薄日を受けて、能楽堂は静かで落ち着いた雰囲気を漂わせている。来客の間にて迎えて下さった宗家は、泰然として柔らかい、品格ある大夫の姿そのままであった。
誠実で飾らないお人柄を感じさせる語り口で、金剛流の話から、能の魅力、能楽堂のこと、そして能にとって大切なことや技芸の本質とは何かまでわかりやすく語られた。(2016年9月)

→ 第1部 能をお楽しみいただくために
→ 第2部 基本を大事に歩んできた芸歴

聞き手:内田高洋(the能ドットコム) 写真:大井成義

第1部 能をお楽しみいただくために

金剛流とは

内田 当サイトには、能楽初心者の方も来られますので、御流儀の特徴や、簡単な歴史をご紹介いただけますか。

金剛  金剛流は、“舞金剛”と言われるように、動きや型に派手さのあるところが特徴です。歴史を見ますと、江戸時代の元禄頃、金剛流に又兵衛長頼(1662〜1700年)という大夫がいました。この人は足早又兵衛と呼ばれ、大変早業を得意としていた名手ですが、この人以来、今に至る流儀の特徴が深まったそうです。

二十世宗家右近唯一は、「土蜘蛛【→演目事典】」で用いる千筋の糸(蜘蛛の糸)を考案し、金剛流の十八番になり、その後、他流や歌舞伎へも伝わりました。

また金剛流の名人としては、戦国時代を生きた「鼻金剛」の異名をもつ兵衛尉氏正(1507〜76年)が有名ですね。

さらに遡りますと、金剛流は、法隆寺に仕えた坂戸座が源流です。鎌倉時代の法隆寺の文献にも記されており、猿楽の座として、かなり古い歴史をもっています。その後、春日大社・興福寺に所属し、大和四座のひとつになったようです。

坂戸座が金剛座と呼ばれるようになった由来として、伝承をご紹介しましょう。金剛姓は三郎正明(1449〜1529年)が大夫の時からと言われています。彼には兄があり、そちらの方が猿楽の座を継ぐ予定でした。彼自身は出家して、大和・河内の境にある金剛山の寺に入りました。ところが、大夫の継承予定の兄が先に亡くなり、三郎正明が一座を継ぐことになって、金剛山から戻ったことから、金剛座の呼び名になりました。

現在、私が二十六世を継いでいますが、大和四座では、大夫を受け継いでいくため他流から養子に入ったり、他流に養子に出たり、ということもありました。昔の風習で、養子に入る時は、もとの流儀から曲をもって出ることが行われていました。たとえば宝生流には、金剛流から2回、大夫が養子に入っていますが、ひとりは「石橋【→演目事典】連獅子」を、もうひとりは「巻絹【→演目事典】」を持っていきました。そのため、金剛流では「石橋」を演じなくなり、また「巻絹」も五段神楽 のものだけが残り、通常の「巻絹」は演じなくなったんです。今、宝生さんの「巻絹」をお見せいただきますと、金剛流の名残を感じます。

内田 「石橋 連獅子」は、宝生流では非常に大切にされていますね。

金剛 当流儀で、「石橋」を復活させましたが、連獅子は宝生さんに差し上げましたので、和合連獅子というかたちで演じています。

内田 一種の引き出物みたいなものでしょうか。風習とは言え、不思議な感じがします。

能における神楽は、巫女や女体の神などが舞う舞のこと。通常の神楽と五段神楽とでは笛の旋律が異なる部分がある。

和合連獅子

紅白2頭の獅子による相舞が目を引く和合連獅子。2013(平成25)年11月24日上演。

巻絹

金剛流の「巻絹」では五段すべてが神楽で舞われる。

古くて新しい金剛能楽堂

内田 何十年か前になりますが、私の学生時代、仲間達と四条室町の北にあった以前の金剛能楽堂をお借りして学生自演会を開き、私自身も仕舞を舞い、連吟を謡った思い出があります。木造の、落ち着いた雰囲気のいい舞台でした。

その後、大変なご苦労の末に、こちらに移転されたと伺っておりますが、そのあたりの背景や経緯をお聞かせいただけますか。

金剛 こちらに引っ越して13年経ちます。引っ越しの理由は、阪神・淡路大震災です。被災して能楽堂が傾きまして、調べたところ、危険な状態だとわかりました。そこで建て替えなどの策を講じることになったんです。しかしあの場所は奥行きに比較して間口が狭く、消防法を満たせない。修理も建て替えもできないとの結論に至りました。当初は近所の方々と一緒に、ビル化して間口を広げる案もあったんですが、いっそのこと新しい場所でやろうと決意し、こちらに移転しました。

内田 京都御所に面した、まことに風雅な場所ですね。ここはすぐに見つけられたのでしょうか。

金剛 いえ、ここが見つかるまでは、何カ所と言わず見て回りました。もともとは広大な御屋敷の一部なのですが、めぐり合わせと言いますか、本当に良い御縁をいただいたと思っております。

内田 個人的には、舞台を移築されたことで、昔の金剛能楽堂の懐かしい、落ち着いた雰囲気も感じられますし、その上、照明などに新しい工夫もあり、京都に素晴らしい能楽界の財産が出来たという思いです。

金剛 多くの方々とのご縁の賜物だと思い、感謝に堪えません。

京の典雅さと新たな設備を備えた金剛能楽堂の魅力(▶ 金剛能楽堂公式サイト)
・京都御所に面した立地の良さと入りやすいエントランス。
・古い能楽堂から移築し、明治からの歴史を織り込んだ落ち着きある舞台。
・イヤホンガイド、6チャンネルの通訳装置の導入。
・能楽堂に初めて導入された色照明施設。
・自然光も取り入れられる内装の工夫、庭園などが醸す雰囲気の良さ。

金剛能楽堂

能楽シテ方の中で唯一京都に拠点を置く金剛流。舞台は旧金剛能楽堂より移築されたもの。

金剛能楽堂

橋掛りの壁面には青海波文様が描かれるほか、御簾や障子が設けられるなど典雅な趣が備わる。

能を知っていただく取り組み

内田 この能楽堂を本拠に例会をはじめとして多くの催しをなさり、多くの方が能を楽しまれる機会を提供されていますね。今は、能にとって厳しい時代とも言われますが、その状況で、能を知っていただくのに、どのような工夫をなさっていますか。

金剛 ひとつには、できるだけ若い頃にお能に触れていただくのが大事だと思っています。高校生、小・中学生にお能を知ってもらう企画を実践するほか、私自身が京都市立芸術大学の講座で指導を行っております。

内田 大学の授業のカリキュラムにあるのでしょうか。

金剛 大学の音楽学部で学び、小・中学校の教師を目指す人も多くいらっしゃいます。今は、義務教育の音楽に邦楽の授業がありますが、芸大側では謡をそこに入れたいと考え、教職の必修プログラムに加えてくださいました。また、10年以上通って、お能を稽古するクラブも出来ました。クラブには、面白いことに音楽畑の方ではなく、美術系の方が多く入って来られますね。普段習う西洋音楽と違い過ぎるのかもしれません。

お能を学べる邦楽科のあるのは東京藝術大学だけですが、京都や愛知などの公立の芸大を含め、邦楽の拠点がもっと増えるといいのですが。京都市芸大も移転を機に、そういう方向が出てくると有難いですね。

内田 日本の古典を大事にする文化行政を望みたいところです。ほかにはどういう取り組みを考えておられますか。

金剛 昔と大きく環境が違うのは、謡を稽古する人が少なくなったことです。金剛流は文化を大切にする京都という土地柄もあるためか、まだまだつながりがあります。昔、親がやっていたからと来られる方もある。しかし、能楽界全体では減っており、その一方で演劇として能をご覧になる方は増えています。老若男女、日本人、外国人、さまざまな層の方々にご覧いただく機会を増やすことが大事です。最近では、お客さまに理解しやすくなるように公演前の解説にも力を入れています。

内田 ちょっとした工夫でも、ずいぶん変わることがあるでしょう。やはり日頃から、コツコツやっていくのが大事ですね。

金剛 8月の大文字送り火の日に、蝋燭能を企画したり、今年は定期能で東本願寺の舞台をお借りするなど、一味違う趣向を凝らしたことも実施しており、今後も考えていきたいと思っています。

開校130年以上と長い歴史を誇る京都市立芸術大学。現在校舎のある西京区から、京都の玄関口である京都駅東・崇仁地区への移転整備が決定し、文化芸術都市・京都のさらなる発展への寄与が期待されている。

綾鼓

毎年8月16日、五山送り火の日に行われる「蝋燭能」。移転後の能舞台に新設された色照明が、ひと味異なる幽玄の美を生み出す。写真は2009(平成21)年8月16日上演の「綾鼓」。

鞍馬天狗

2016(平成28)年4月24日、東本願寺の舞台で上演された「鞍馬天狗」。

能を観るのに、居眠りしても大丈夫

内田 演じる側からしてみれば、なかなか言葉に具体化できないことも多いと思いますが、読者の皆さまに伝える能の魅力とは何でしょう。

金剛 最初は、ご覧になっても、なかなかわからないものだと思います。「土蜘蛛」のようなわかりやすいものもありますが、多くの曲が理解し難いものでしょう。けれども、何か自分にとって感じる部分から入っていくと、興味が広がっていくと思います。たとえば楽器の音に神経を注いで聴いてみる、といったことです。能面の表情、装束の色合い、あるいは謡の音楽的なところなど、何でもいいんです。小さなきっかけから、何度か観ていくうちに、だんだんと感じがわかってきて面白くなる。

私はオペラが好きでよく観ますが、オーケストラの迫力などで圧倒してわからせるようなところがありますね。でもお能はまったく違います。観る人が入り込んでいくものです。

シテ方金剛流二十六世宗家 金剛永謹

内田 わからなくて拒絶反応を示される方もいるわけですが、「最初はわからないものだ」と言われると、初心者も少し勇気づけられますね。

素人で能に魅了された私としては、この世界を知らないのが本当にもったいないなあという思いです。ひとりでも多くの人に、この能のもつ豊かな魅力を味わっていただければなあ、と思います。今、宗家が話されたように、きっかけをつかんで少しずつでいいよということなら、能を楽しめる方もきっと増えますね。

あと、能はやってみる楽しさもありますね。

金剛 たとえばオペラのアリアを歌ったり、バレエを踊ったりするのは、相当ハードルが高いものです。でも、お能は、素人の方も舞ったり謡ったりを十分楽しめます。お稽古事でお能を体験していただくと、もっとずっと面白味を感じられると思います。

内田 実際に素人さんでも、面をかけて装束を着けて舞うことができます。そこは大変魅力的ですし、私も体験しましたが、他では味わえない世界が開けますね。

金剛 他でなかなかできないことを楽しめる。これはお能のいいところです。

能は居眠りしながらご覧になってもいいものなんです。焦って理解しようと頑張り過ぎずに、だんだんに入っていって、いつの間にか、面白さがわかってきた、というのでいいと思います。自分の感覚で楽しめますよ。

内田 実は誤解されていますが、能は誰でも自由な見方ができるところもいいと思います。

金剛 そうですね。感じていただくことが大事かと思います。理解を助けるのに、少しストーリーを知っておくといいでしょう。能のストーリーは骨格がしっかりして、内容も深みのあるものがたくさんありますから、じっくりお楽しみいただけます。ぜひ、お能の描き出す世界に入っていただきたいですね。(第1部 終/第2部へ続く)次ページへ


第2部 基本を大事に歩んできた芸歴 ▶



シテ方金剛流二十六世宗家 金剛永謹(こんごう ひさのり)
1951年、能楽金剛流二十五世宗家金剛巌の長男として京都市に生れる。幼少より父・金剛巌に師事。4歳で初舞台を踏み、6歳でシテを演じる。重要無形文化財総合指定保持者。1998年9月18日金剛流二十六世宗家を継承。「舞金剛」と呼ばれる華麗で躍動感溢れる金剛流独特の芸風に、「京金剛」ともいわれる優美で雅やかさが加わった芸風が特徴。シテ方五流宗家の中で唯一、関西を本拠地とする。2003年に四条室町の金剛能楽堂を京都御所の西向かいへ移転、竣工。金剛流第1回の海外公演であるカナダ、アメリカ公演団長を皮切りに、イタリア、スペイン、フランス、ポルトガル等海外公演多数。 1984年京都市芸術新人賞、1986年京都府文化賞新人賞、2004年京都府文化賞功労賞受賞。2010年京都市文化功労者表彰。 公益財団法人金剛能楽堂財団理事長。社団法人日本能楽会常務理事。金剛会理事長。京都市立芸術大学客員教授。 著書に『金剛家の面』がある。

インタビュアー:the能ドットコム 内田高洋(うちだ たかひろ)
京都大学で宝生流のサークルに入ったことをきっかけに、能楽に魅了される。以降、シテ方宝生流の謡と仕舞を中心に、森田流の笛や葛野流の大鼓の稽古にも勤しみながら、能楽全般について、実践と鑑賞そして学びの日々を送る。現在、シテ方宝生流の機関誌「宝生」の編集・原稿制作にも携わっている。

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