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世阿弥の言葉 :7段階の人生論

『風姿花伝』の第一章を、「年来稽古条々」といいます。この本来の趣旨は、年齢に応じた稽古の仕方を示すもので、年齢に応じた対処の仕方や、歳を経ていく自らについて、後世に伝えるものですが、教育者として、親として、どのように子ども(若年者)に対応していったら良いのかという観点や、年齢を経ていくことにも言及しており、世阿弥の教育論、人生論としても示唆に富んだ内容となっています。

幼年期(7歳頃)

「能では、7歳ごろから稽古を始める。この年頃の稽古は、自然にやることの中に風情があるので、稽古でも自然に出てくるものを尊重して、子どもの心の赴むくままにさせたほうが良い。良い、悪いとか、厳しく怒ったりすると、やる気をなくしてしまう。」

世阿弥は、親は子どもの自発的な動きに方向性だけを与え、導くのが良いという考え方を示しています。親があまりにも子どもを縛ると、親のコピーを作るだけで、親を超えていく子どもにはなれない、という世阿弥のことばには含蓄があります。

少年前期(12〜13歳より)

12〜13歳の少年は、稚児の姿といい、声といい、それだけで幽玄を体現して美しい、と、この年代の少年には、最大級の賛辞を贈っています。しかし、それはその時だけの「時分の花」であり、本当の花ではない。だから、どんなにその時が良いからといって、生涯のことがそこで決まるわけではない、と警告もしています。

少年期の華やかな美しさに惑わされることなく、しっかり稽古することが肝心なのです。

少年後期(17〜18歳より)

この時期を世阿弥は、人生で最初の難関がやってくる頃と言っています。

「まず声変わりぬれば、第一の花失せたり」

能では、少年前期の声や姿に花があるとしていますが、声変わりという身体上の変化が加わり、その愛らしさがなくなるこの時期は、第一の難関なのです。

こんな逆境をどう生きるか。世阿弥は、「たとえ人が笑おうとも、そんなことは気にせず、自分の限界の中でムリをせずに声を出して稽古せよ」と説いています。

「心中には、願力を起こして、一期の堺ここなりと、生涯にかけて、能を捨てぬより外は、稽古あるべからず。ここにて捨つれば、そのまま能は止まるべし」

周りからも、本人も才能があると思っていたことが、身体の発育というどうしようもないことにぶつかり絶望する。しかし、そういう時こそが、人生の境目で、諦めずに努力する姿勢が後に生きてくる。

限界のうちで進歩がない時には、じっと耐えることが必要だ。そこで絶望したり、諦めたりしてしまえば、結局は自分の限界を超えることができなくなる。無理せず稽古を続けることが、次の飛躍へと続くのです。

青年期(24〜25歳の頃)

この頃には、声変わりも終わり、声も身体も一人前となり、若々しく上手に見えます。人々に誉めそやされ、時代の名人を相手にしても、新人の珍しさから勝つことさえある。新しいものは新鮮に映り、それだけで世間にもてはやされるのです。

そんな時に、本当に名人に勝ったと勘違いし、自分は達人であるかのように思い込むことを、世阿弥は「あさましきことなり」と、切り捨てています。

「されば、時分の花をまことの花と知る心が、真実の花になお遠ざかる心なり。ただ、人ごとに、この時分の花に迷いて、やがて花の失するをも知らず。初心と申すはこのころの事なり」(新人であることの珍しさによる人気を本当の人気と思い込むのは、「真実の花」には程遠い。そんなものはすぐに消えてしまうのに、それに気付かず、いい気になっていることほど、おろかなことはない。そういう時こそ、「初心」を忘れず、稽古に励まなければならない。)

自分を「まことの花」とするための準備は、「時分の花」が咲き誇っているうちにこそ、必要なのです。

壮年前期(34〜35歳の頃)

この年頃は、ちょうど世阿弥が風姿花伝を著した時期と重なります。世阿弥は、この年頃で天下の評判をとらなければ、「まことの花」とは言えないと言っています。

「上がるは三十四−五までのころ、下がるは四十以来なり」

上手になるのは、34〜35歳までである。40を過ぎれば、ただ落ちていくのみである。だから、この年頃に、これまでの人生を振り返り、今後の進むべき道を考えることが必要なのだというのです。34〜35歳は、自分の生き方、行く末を見極める時期なのです。

壮年後期(44〜45歳の頃)

「よそ目の花も失するなり」

この時期についてのべた世阿弥のことばです。どんなに頂点を極めた者でも衰えが見え始め、観客には「花」があるように見えなくなってくる。この時期でも、まだ花が失せないとしたら、それこそが「まことの花」であるが、そうだとしても、この時期は、あまり難しいことをせず、自分の得意とすることをすべきだ、と世阿弥は説きます。

この時期、一番しておかなければならないこととして世阿弥が挙げているのは、後継者の育成です。自分が、体力も気力もまだまだと思えるこの時期こそ、自分の芸を次代に伝える最適な時期だというのです。

世阿弥は、「ワキのシテに花をもたせて、自分は少な少なに舞台をつとめよ」ということばを残しています。後継者に花をもたせ、自分は一歩退いて舞台をつとめよ、との意で、「我が身を知る心、得たる人の心なるべし」(自分の身を知り、限界を知る人こそ、名人といえる)と説くのです。

老年期(50歳以上)

能役者の人生最後の段階として、50歳以上の能役者について語っています。

『風姿花伝』を書いた時世阿弥は36〜37歳だったので、この部分は、自分の父である観阿弥のことを思い、書いていると言われています。

「このころよりは、おおかた、せぬならでは手立てあるまじ。麒麟も老いては駑馬に劣ると申すことあり。さりながら、まことに得たらん能者ならば、物数は皆みな失せて、善悪見どころは少なしとも、花はのこるべし」(もう花も失せた50過ぎの能役者は、何もしないというほかに方法はないのだ。それが老人の心得だ。それでも、本当に優れた役者であれば、そこに花が残るもの。)

この文章に続けて世阿弥は、観阿弥の逝去する直前の能について語っています。観阿弥は、死の15日前に、駿河の浅間神社(せんげんじんじゃ)で、奉納の能を舞いました。

「その日の申楽、ことに花やかにて、見物の上下、一同に褒美せしなり」

「能は、枝葉も少なく、老木(おいき)になるまで、花は散らで残りしなり」

観阿弥の舞は、あまり動かず、控えめな舞なのに、そこにこれまでの芸が残花となって表われたといいます。これこそが、世阿弥が考えた「芸術の完成」だったのです。老いても、その老木に花が咲く。それが世阿弥の理想の能だったのです。

世阿弥が説く7段階の人生は、何らかを失う、衰えの7つの段階であるともいえます。少年の愛らしさが消え、青年の若さが消え、壮年の体力が消える。何かを失いながら人は、その人生を辿っていきます。しかし、このプロセスは、失うと同時に、何か新しいものを得る試練の時、つまり初心の時なのです。「初心忘るべからず」とは、後継者に対し、一生を通じて前向きにチャレンジし続けろ、という世阿弥の願いのことばだといえるかもしれません。

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