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宣教師の眼に映じた能

[2]宣教師の眼に映じた能

世阿弥の没した15世紀半ばから、下ること百有余年。1549年(天文18年)に、カトリック教会の宣教師、フランシスコ・ザビエルが日本の地を踏み、日本に初めてキリスト教を伝えて以降、ヨーロッパから幾人もの宣教師が日本を訪れました。彼らは、戦国の乱世から江戸幕府の成立へ向う激動の時代に、精力的な布教活動を展開し、さまざまな身分階層の人たちと交わりました。その過程で、当時の日本の習俗や文化にふんだんに触れ、武将たちが好んだ能や狂言などの芸能も、たびたび鑑賞したようです。1563年(永禄6年)に来日したポルトガル人の宣教師、ルイス・フロイスは、大著『日本史』を含む膨大な文書を執筆し、往時の様子を今に伝える貴重な資料を残していますが、そのなかに、能にまつわる記録も散見されます。

滞日生活30年以上に及び、長崎で没したフロイスは、織田信長、豊臣秀吉ら歴史上の人物とも幾度となく会見しました。『日本史』のなかには、その席上で、能か何かの歌舞の催しがあったことを窺わせる記述もあります。そして、まとまった記録として、日本とヨーロッパの文化の違いに着目して書いた小論の一節に、能・狂言への印象を記しています。ヨーロッパの演劇との違いとして、「日本の劇は散文」「決まりきった変化のないもの」「場面が分けられる」「ほとんどが常に歌い、または踊っている」といった特徴を挙げています。また「手に扇を持って、失くしたものを探すように歩く」など、どのような所作を行っていたのか、具体的にわかるような記述も見られます。音楽は相当に奇異に感じたらしく、「単調な響きで喧しく、戦慄を与えるばかり」と断じています。一方で、「日本人はわれわれの跳躍する舞踊が狂気の沙汰、野蛮と感じる」「われわれすべての楽器が日本人に不快感をもたらす」などと、その文化、感性が大変に異なっていることが強調されています。

この資料では、主に外見的な違いを取り出して紹介していますが、能や狂言を見てどう感じたのか、演劇の内容についてはどうなのか、深くは語られませんでした。もっとも、当時の宣教師は、日本の仏教や神道を異教として排斥し、悪魔的なものととらえていましたから、その影響の濃い日本の習俗や祭礼に結びついた能の内容には、決して良い印象を抱いていなかったのでしょう。ただ、聖書から翻案したキリシタン能もあったようですし、布教の苦闘のさなかに記録が残っているということは、能という芸能のかたちは、宣教師の心に深い印象を与えていたのかもしれません。


【参考文献】

 

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