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宣教師の眼に映じた能

[3]グラント将軍の激賞が後押しした

グラント将軍

ユリシーズ・シンプソン・グラント将軍(1822年〜1885年)。アメリカの南北戦争で、北軍の最高司令官として活躍し、勝利を呼び込んだ名将です。その後、アメリカ合衆国第18代大統領となり、2期務めますが、在任中の部下たちの汚職などに悩まされ、歴史家たちから「最低の大統領」のひとりに数えられるなど、毀誉褒貶の激しい人物でした。一般には南北戦争での高名が残り、後世まで「グラント将軍」として親しまれています。

実はこのグラント将軍、日本の能に少なからぬ影響を与えた、と言われているのです。大統領職を辞した1877年(明治10年)、グラント将軍は家族を伴い、居を構えるフィラデルフィアを発ち、世界周遊の旅に出ました。ヨーロッパからエジプト、インド、シンガポール、清を経て長い旅路の後、2年後の1879年(明治12年)6月、彼は日本を訪れます。8月末に去るまでに、明治天皇と会見する機会を何度か得ることとなりました。一種の親善使節、あるいは国際政治上のアドバイザーというような立場にあったようです。滞日中は明治天皇のほか皇族、政府要人らと交流を楽しんだようですが、そのなかのひとりに、能楽復興に大いに理解のあった右大臣の岩倉具視がいました。

7月8日には、岩倉卿はグラント将軍夫妻を自邸に招待し、皇族方の同席を得て、和洋の食事を楽しみながらの観能の宴を催します。そこで演じられたのが、宝生九郎の半能「望月」、三宅庄市の狂言「釣狐」、金剛泰一郎の能「土蜘蛛」でした。さらに仕舞として、観世清孝の「花筐」、梅若実の「春栄」、梅若六郎の「鞍馬天狗」、梅若万三郎の「猩々」も番組に加わりました。当代の名手が参集したことに加え、能、狂言には特別にあらすじを英文に訳したパンフレットも配られたといいますから、相当なもてなしであったと言えます。

「望月」といえば仇討ちの現在能で、獅子舞ほか耳目を惹く舞が盛り込まれています。また狂言の「釣狐」も大変に親しみやすい演目ですし、「土蜘蛛」は、千筋の糸を繰る金剛流。仕舞も動きの明瞭な類のものです。それぞれ当代の名手が演じますから、居合わせた観客は、能のスペクタクルな面白さを存分に味わえたことと推察されます。グラント将軍は、このときの観能にいたく感激しました。そして岩倉卿に賞賛の言葉を述べるとともに、「こうした芸術は退廃の憂き目を見やすいものであるから、細心の注意を払って維持・保存に努められてはどうか」という旨の提言を行いました。もともと能楽の保護・発展に熱心であった岩倉卿は、この言に後押しされ、その後さらなる支援に力を注ぐようになります。そこから流儀をこえた能楽界の組織、能楽社が創立され、さらに芝能楽堂の開設につながり、明治能楽界は本格的な隆盛へ向かいました。このエピソードから、グラント将軍もまた、明治能楽復興の恩人のひとりに数えられるでしょう。


【参考文献】

 

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