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[7]謡曲を習った動物学者、モース ── Edward Sylvester Morse

Edward Sylvester Morse
Edward Sylvester Morse, 写真はWikipediaより

大森貝塚を発掘して日本考古学を拓く

モース博士(Edward Sylvester Morse)は、アメリカの動物学者です。日本では大森貝塚の発掘者として教科書にも載るほどの偉人です。モース博士は1838年(天保9年)、アメリカのメイン州ポートランドに生まれました。大学へは行きませんでしたが、カタツムリの採集で名を挙げ、ボードウィン大学教授、ハーバード大学講師を務めるまでになり、1872年(明治5年)には権威あるアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science:AAAS)の幹事になっています。

彼が来日したのは1877年(明治10年)6月。大森貝塚は、このとき横浜港に上陸して、新橋へ向かう汽車の車窓から見つけたといいます。モース博士の来日は、もともと自分の研究テーマであった腕足動物の採集が目的でしたが、東京帝国大学理学部教授に請われて就任し、日本の学術・教育の発展にも大いに寄与しました。特に大森貝塚の発掘調査を通じて、日本の考古学・人類学の黎明を導いた功績は大きいものでした。また東京帝大に物理学者のトマス・メンデンホール(Thomas Corwin Mendenhall)や哲学者・美術史家のアーネスト・フェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa)を迎え入れる労も取りました。

 

能や茶道などの日本文化も探求

モース博士は、貝塚発掘で見出した土器をきっかけに興味を膨らませ、広く日本の陶器や民具の収集も行いました。好奇心に満ち、探究心に富んだ人物であったことが窺えます。彼の興味は、モノだけに止まらず、日本の文化に広がり、能もまた探求の対象となりました。

モース博士は、何度か日米を往来していますが、謡曲を習ったのは最後の来日となった1882年(明治15年)6月〜1883年(明治16年)2月という、わずか1年に満たないうちの、さらに最後の1、2カ月くらいだと推測されます。梅若実に取材した雑誌記事では、モース博士が1883年(明治16年)1月から稽古を始めたと記録されています。

茶道も嗜んだというモース博士は、何事も実地に体験することが好きだったと見えて、能も観るだけでは飽き足らず、謡曲の稽古をつけてほしいと人づてに梅若実と接触を図りました。梅若実は今まで外国人が謡曲の稽古をした例はないと当初は難色を示したのですが、モース博士の熱意が勝り、梅若実が直に稽古をつけるという話がまとまりました。

 

梅若実に謡曲を習い、フェノロサを導く

モースが正座で謡の稽古をしている図。モース自身のスケッチ

E.S.モースが正座で謡の稽古をしている図。モース自身のスケッチによるもの。
『日本その日その日3』E.S.モース著/石川欣一訳(平凡社刊 東洋文庫179)より

さて、その最初の稽古の日。家族や門弟、話を聞き及んで近所の人たちが襖越しに固唾を呑むなか、稽古が始まりました。日本人なら謡本を見せながら、鸚鵡返しに次々と稽古することもできますが、謡本を読むことのできない外国人ではそれもできません。梅若翁が、どういう手順で教えましょうかと問いかけると、モース博士はとにかく謡ってみてくださいと答えました。

梅若翁が2、3行ほどを4、5回ほど謡うとモース博士は音声をローマ字にして書き留め、さらには紙に書いた五線譜に、声の上下を音符に直して記し緩急の記号までつけました。そして梅若翁と一緒に数度謡った後には、独りで歌えるようになったそうです。これには梅若実ばかりか、傍で聞いていた人びとも驚嘆しました。声の質は違ったようですが、梅若翁もその音の取り方の正確さには舌を巻きました。帰国までに鞍馬天狗、船弁慶、田村、羽衣など5、6番は覚え、記念にお互いの写真を交換して帰国した、と述懐しています。モース自身も、その著書“Japan Day by Day”(1917年)で稽古の様子をイラスト付きで紹介しています。

モース博士は、外国人の能楽研究の先駆者になったフェノロサが日本に来る道をつけた上に、梅若実に師事するきっかけになるなど、謡曲研究も後押ししました。モース博士は、考古学や動物学ばかりではなく、能楽にとっても日本人の恩人です。


【参考文献】

    • 『明治能楽史序説』古川久 著(わんや書店 刊)
    • 『外国人の能楽研究 21世紀COE国際日本学研究叢書1)』野上記念法政大学能楽研究所編(法政大学国際日本学研究センター刊)
    • 『明治の能楽(2)』倉田喜弘 著(日本芸術文化振興会 刊)

 

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