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能楽トリビアTrivia

Question163 幻の流派、“春藤流”が残る地域とは?(2020年9月24日追加)

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明治維新後まもなく、猿楽能は重大な危機に直面しました。幕府や武士階級が消滅し、能役者も俸禄を失い、幕府の式楽としての地位も霧消してしまい、存続も危ぶまれるほどでした。その後、猿楽能は華族らの支えもあって持ち直し、能楽と呼ばれるようになり、再び隆盛へ向かいますが、能楽諸役のなかには、歴史の波に翻弄されて消えた流派も散見されます。

そのひとつが狂言方の鷺流(参照:トリビア133)です。またワキ方でも、春藤しゅんどう流という流派が、かつて存在していました。春藤流は、現在のワキ方の最大勢力といえる下掛宝生流の母体となった古い流派。しかし江戸末期にはすでに衰退し、昭和20年代に最後の後継者が下掛宝生流に転じたことで、能楽の舞台で役を勤める流派としては消滅しました。

ところが、消えたはずの春藤流の伝統を受け継ぐ地域が東北に残っていたことが近年判明し、関係者を驚かせていています。宮城県北部、大崎市の田尻大貫地区では、古くから住民が、おめでたい席で「高砂」や「養老」を謡う習わしがあり、その謡い方が春藤流特有のものだとか。

では、なぜ東北の農村地域に春藤流の名残があるのでしょう。この地を治めていた仙台藩主の伊達家は、シテ方の金春流と喜多流を代々重用しており、金春流の「座付き」としてペアを組む決まりだったのが春藤流でした。春藤流に馴染んだ武士が明治以降に農業を始め、結婚式などで謡を披露する習慣が定着した、というのが事の真相のようです。


イラスト:坂木浩子
今までのトリビア

「能楽トリビア」は作成にあたってこちらの文献を参考にしています。


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