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能を支える人びと

アナウンサー/古典芸能解説者 葛西聖司

→ 第1部 仕事で能に関わるようになったきっかけとは?
→ 第2部 能の楽しみ方。能から広がる世界とは?

第2部 能の楽しみ方。能から広がる世界とは?

色々な人から教えてもらった能の楽しみ方

能・狂言なんでも質問箱
「能・狂言なんでも質問箱-能楽博士があなたの疑問にこたえる」(檜書店)山崎有一郎、葛西聖司 著
山崎有一郎氏が、葛西さんとともにエピソードを交えた軽妙な語り口で、能・狂言の疑問や質問を解決。

NHKの番組と横浜能楽堂との仕事を通じて、私はいろいろな能の楽しみ方をたくさんの人から教わりました。自分は何にもできないけれど、どうしたら能を楽しめるかを語ることはできる。ですから、能をまったく見たこともないお子さんから年配の方まで、能楽堂に来てもらう、あるいは能・狂言に接してもらう導入役の人間になれればいいなと思って、日本各地で講座をやっています。

楽しみのひとつは、能楽堂そのものです。能楽堂に足を運ぶところがまず楽しい。能楽堂に入るとき、今でも、とてもいい緊張感を味わえます。どこの能楽堂にも、独自の香りがある。これは歌舞伎の劇場には感じられません。木がメインで、狭い空間だからでしょうね。それを僕は「森林浴」と呼んでいます。能舞台の「森林浴」。特に個人宅の古い木の能舞台はいいですね。それで感じるものが能楽堂の雰囲気というものだと思います。

見所の座席もまた面白い。正面からだけではなく中正面、脇正面、いろいろな場所から舞台を見られるのはすごい。普通のホールではあり得ない面白さです。今回正面で見て、次に脇正面で見ると、違った発見がたくさんあって、本当に興味が尽きません。

私の子ども時代、あれほど嫌だった眠ることも、実は楽しみなんだと知りました。梅若玄祥に眠ることについて聞いてみたら、「それはいいんですよ、ただし、いびきはかかないでくださいね。」と言われ、ほっとしました。人間の生理として心地よければ眠くなるんですよ。逆に、ひどければかっかして眠れない。寝ていいんだと思うとこれほど気持ちいいものはない。

眠ることでは、山崎有一郎に感心しました。あの方は寝ているけれど同時に見ているんです。まさに達人の眠りです。決していびきはかかず、目をつぶって安らかな息ですよ。でも聞いているから肝心な場面、節目節目ですうーっと目を開ける。能を観る天才なんだと思います。ああいう風になりたい、私の憧れですね。

役者の成長を見る楽しみもあります。子方から段階を経て成長していく、その時々の曲、舞台に出会う楽しみですね。ぜひともふさわしい年齢のときにふさわしい曲をやってほしいと思います。

観る達人の観方を知る楽しみもあります。能の本を書く人や能評家たち、たとえば林望、村上湛、渡辺保といった人たちが、どういう目で能を見ているのか、興味がある。私は、決して上っ面で書かない彼らの文章をとても尊敬していますから、この人はどう切り込むんだろうとワクワクする。同じ作品を自分の目で鑑賞し、彼らの文章で再び楽しむ。裏読みの楽しみです。

能は人間の生き方を見る芸能だ

アナウンサー 葛西聖司
撮影:大井成義

私が能役者で感心するのは、申し合わせだけでスッと揃うこと。そういう芸能はほかでは見られません。小さい頃から、体の奥深くまで能が入っている。プロフェッショナルに磨き抜かれている。そして手を抜いた、いい加減さがない。演者一人ひとりの、人間としての真剣さが素晴らしい。その緊張感は、娯楽の芸能の枠を超えていると思います。能は人間の生き方を見る芸能ですね。

そこがわかってくると見所の観客もおのずと気持ちを改めて観るでしょう。襟を正して観るものだというのは間違いないですね。狂言も笑いの芸といわれますが、それだけじゃなく、やはり生き方を見せてくれる。

歌舞伎も同様だとは思いますが、本来歌舞伎は酒を伴うものですから、客席での飲食は許してよいと私は思います。薪能や野外能も、もう少しフランクなイメージがある。けれど、能楽堂で観る能は違う。真剣さに向き合う場なんです。

能楽堂にたたずむと、気を感じます。拍子を踏んだ音、謡で吐いた息がしみている。オカルトの世界ではありませんが、かつての名人の役者たちの気が入っていると感じます。能舞台は役者たちが覚悟して臨む場です。その覚悟を思って観れば、忘れ難い舞台に出会えると思います。

装束の名人の話から知った、江戸時代の豊かさ

名人の演者ばかりではなく、面や装束を含め、能の文化を支える人のなかにも名人はいます。そのなかで、装束の名人に、山口能装束研究所の山口憲所長がいます。彼の言葉で忘れられないのが、「現代の科学の資金をもってしても、江戸時代の能装束は再現できない」ということです。

江戸時代という平和な時代の、ものの豊かさと文化に対するパトロンの質の高さ、それを作る日本の力はすごかったというのです。つまり、土の力、桑を育てる力、蚕を育てる力、それを糸に織り上げる日本人の力の最高峰のものが江戸時代にあり、それは今の最高の科学技術でも再現できないと。それを聞いたときに、すごいものだと驚嘆しました。

能に連なる日本の文化は幅広い。ものづくりや職人の文化まで及びます。長い時系列の中で、江戸時代に能楽は栄えました。演技の練磨だけではなく、能装束をとっても日本人はすごいものをもっていたんです。

今は退色していますが、江戸時代には能装束は、大変きらびやかに染められていたそうですね。土の力が違うから、紅花のような植物染料も少量ですごい色を出せた。退色した色をワビサビと有難がるかもしれませんが、それが日本文化の本来の型ではありません。

野外の光を取り入れて、きらびやかな装束で舞う江戸期の能は、どれほど華やかだっただろうかと思います。

子どもたちや若い人にもっと能体験を

同じく江戸時代には、寺子屋で子どもたちに小謡が教えられていました。それにより、庶民は物語を覚え、歴史を知り、さまざまな教訓を学び、宗教的な感性、モラルを磨いたのだと思います。そうやって日本人として生きる基本みたいなものを身につけたのでしょう。今は、それが途絶してしまっている。

昔の物語を親も教えないし、学校でも教わらない。私は、学生を教えるとき、決して上から見下ろしたりはしないのですが、アンケートだけは取るんです。牛若丸や弁慶を知っていますか、という質問を出すと、10人のうちふたりくらいは知っているけれど、全員の共通認識からは、もはや外れてしまっています。

「いろはにほへと」を書いてごらん、というと「いろはにほへと」までしか書かない。干支も自分の分は知っていてもほかは知らない。これは決して恥ずかしいことではありません。なぜなら、教わっていないのですから。教育の体制がそうなっていないんです。そうやって日本人度が下がってしまった。

能は動く教科書であり、動く絵本

能を小さい頃から見せると、日本人度を上げることができます。無心に見れば残る。能は動く教科書であり、動く絵本でもあるんです。最近は子ども向けの邦楽教室も結構ありますけど、能の道具(楽器)をやるのもいいでしょう。そういう意味では、お祭りで、いろんな伝統楽器に触れているぶん、地方の子どもたちは、日本人度が高いですね。

私がNHKに入ってよかったのは、地方へ転勤し、地方の方々の日本人度の高さを知ったこと。お祭りが暮らしに生きていますからね。お祭りには、能・狂言につながるような行事があります。そこで知らず知らずに、身につくこともたくさんあるでしょう。

私も少年時代、お酉様があったから、神楽を見ました。やっぱり祭礼が大事なんですよ。祭礼行事を無視すると、日本人度が落ちていく。本当は皆お御輿が好きでしょう? 入り口はいくらでもあるわけですから、ぜひ伝統に触れて日本人度をあげてほしい。私は国粋主義者じゃありませんが、世界に誇れる日本の文化をもっと大切にして欲しいと思います。

能楽堂で収録があると、後輩のアナウンサーを連れて行きます。いいと思わなくてもいいから、座るだけでいいから、と。こういうものだと触れておくことが大切です。ジャーナリストとして最低限、能楽堂や歌舞伎座に入り、体で敷居を越える経験をしなさいと教えています。

能は良いものだから残ってきた。これからも……

アナウンサー 葛西聖司
撮影:大井成義

能には日本人がいいと思ったものが集積されています。悪かったら自然と廃れていくでしょう。ですが、いくらいいといっても、見所に人がいなければ伝わりません。

能がもともともっている厳格さを決して揺るがせにして欲しくはないけれど、普及のために能楽界で知恵を寄せ合うことが大事です。垣根を取り払って工夫を重ね、見所をいっぱいにしてほしい。しょっちゅう観に来る人だけじゃなく、能を観たことのない人が、能を観てよかったなと思えるようにしてほしい。

日本の伝統芸能には解説や案内が必要です。私は能の応援者として、鑑賞の邪魔にならない能の楽しみ方、能楽堂での過ごし方を伝えたい。これからも、いろんな人が能に近づけるように案内していければ本望ですね。


(インタビュー:2011年9月)


葛西聖司 プロフィール
アナウンサー・古典芸能解説者 東京都生まれ、中央大学法学部卒業。
NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオのさまざまな番組を担当。現在はその経験を生かし、歌舞伎など古典芸能の解説や講演、また日本伝統文化の講義などで大学の教壇にも立ち、朗読教室や執筆活動も続けている。 日本演劇協会会員、NHK文化センター講師、中央大学 公開講座講師、日本体育大学、山梨英和大学、別府大学などで非常勤講師を務める。 著書に『文楽のツボ』『名セリフの力―日本語をきたえる76のことば』『ことばの切っ先』、共著に『能の匠たち』『能楽史事件簿』『能狂言なんでも質問箱』『見事な死』など多数。

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