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能を支える人びと


国立能楽堂館長・川合栄哉 お客様に「楽しさ」を伝えたい
撮影:大井成義

東京・渋谷区千駄ヶ谷にある国立能楽堂は、1983年(昭和58年)9月に開場した。各流儀をまたいだ年間60回に及ぶ自主公演や、さまざまな能楽普及・研究活動を実施し、能楽の殿堂を目指している。

公演の舞台を支えるとともに、質の高い研究や意欲的な能楽普及活動を推進するのが、約30名の職員の皆さん。現場の長として、一連の活動を牽引する川合栄哉館長(独立行政法人日本芸術文化振興会・国立能楽堂部長)に、国立能楽堂の多角事業や能楽普及への思いなどを伺った。

常にお客様の視点を忘れず、能楽という大樹に、あちこちから手を伸ばして支えていく。謙虚で穏やかな姿勢を崩さない川合館長のお話から、国立能楽堂の果たす幅広く、献身的な役割が見えてきた。

能楽堂館長として、日々実感していることは何でしょう?

私はおよそ40年前に国立劇場に入り、主に管理部門での仕事に携わってきました。劇場マネジメントに関わりはじめたのは、国立文楽劇場に移った約20年前で、だいぶ晩(おそ)くなってからです。5年前に国立能楽堂の館長(部長)に奉職しました。

こちらの仕事で日々感じているのは、舞台公演を運営する大変さ、責任の重さです。国立能楽堂では自主公演を年間60日ほどこなしますが、いろいろな階層の方々に足を運んでいただき、630席ほどの客席をいっぱいにすることに一番気を使っています。年間およそ3万7000人のお客様に、2〜3時間のプログラムを鑑賞後「今日は楽しかったな」と感じながら家路についてもらいたい。そして「今度また、次のこの番組を見てみたい」という気持ちになってほしい。それが、私たち職員の最大の仕事であり、全員でそこを目指して、日々努めています。

国立能楽堂の多角事業についてお聞かせください。

国立能楽堂の特徴は、幅広い事業内容です。自主公演が第一の柱ですが、このほかに三役育成事業、調査・研究・公開事業を含むいろいろな活動を展開しています。

特別企画公演「実方」
特別企画公演・復曲能「実方」
(クリックで拡大)

自主公演の内容は?

自主公演では、伝えられてきた現行曲が中心です。国立ですから、シテ方五流、狂言方二流の番組を満遍なく見られることが大切です。そこで担当職員は、番組作成には実によく気を配り、心血を注いでいます。どの流儀のどの曲を誰にやってもらうのか。季節はどうか。五番立て(神男女狂鬼)の構成のバランスはどうか。出演交渉も含めて、その過程は大変な作業です。一緒に打ち合わせをしたり、過程を見たりしますと、それこそ綿密で粘り強い作業の必要な仕事だと感じます。

一方で、復曲や新作曲の上演にも取り組んでいます。たとえば、2007年12月12日、13日の両日には国立能楽堂特別企画公演として、新作狂言「夢てふものは」(大蔵流、和泉流合同/作:帆足正規)と復曲能「実方(さねかた)」(観世流/能本作成:西野春雄)を上演します。前者は国立能楽堂で4年ぶりとなる新作狂言の初演であり、夢を買うことをテーマにした珍しい作品です。後者は世阿弥作の能で、舞の名手、藤原実方が主人公です。これら復曲・新作等は国立能楽堂で企画し、作曲を依頼したり、交渉したりして公演機会を設ける、というスタイルで進めます。毎年続々と、というわけにはいきませんが、数年ごとにこうした試みを行っています。過去には、美内すずえさん原作の少女マンガから生まれた「紅天女」という能を初演し、その後、いろんな場所で公演されるきっかけとなりました。

また2008年は国立能楽堂開場25周年を迎えますので、記念公演を構想し、現在出演交渉等を進めているところです。なかなか観られない大曲を準備していますので、楽しみにしていてください。

子供を対象とした「夏休み親子のための狂言の会」
夏休み中には子どもを対象にした企画公演も実施。
写真は2007年7月27日に行われた「夏休み親子のための狂言の会」で、体験コーナーの様子。

三役育成事業の実績は?

国立能楽堂のもうひとつの大きな使命は、後継者の育成です。個別育成の難しい三役(ワキ方、囃子方、狂言方)の状況に鑑み、国立能楽堂では、開場翌年の1984年(昭和59年)から、三役を志す研修生を受け入れ、6年間のプログラムで養成する事業を開始しました。これまで三十数名の卒業生を送り出し、25名が舞台で活躍しています。初期の卒業生は中堅クラスの40代。着実に能楽界を支える力に育っています。なかには、重要無形文化財総合指定を受ける日本能楽会会員に認定される人も出てきました。能楽師の子息は、子どもの頃から稽古を重ねていきますが、当方の研修生になる人たちは、おおよそ20歳前後からようやく始めます。その時間的な隔たりは大きいのですが、それでもなお、上のクラスに入る人が現れ、取り組みが実を結びつつあると実感でき、うれしく思っています。

2007年6月に実施した5日間の公演「能楽鑑賞教室」では、三役のほとんどを研修生OBで勤めることができました。私はこれに、大変感銘を受けました。能は一人一役ですから、舞台では役を全うできるだけの力量と知識が求められ、生半可な修業では追いつきません。研修修了後も師匠について研鑽を積む期間が必要です。すぐに結果の出る事業ではなく、師匠をお勤めいただく能楽師の皆さんにも負担のかかることですが、能楽を支える大目標のため、情熱を持って取り組んでいただき、有難い限りです。

調査・研究・公開事業の概要は?

まず自主公演を映像・音声により記録し、ライブラリーとして保存、公開しています。外部貸し出しは行わないものの、図書閲覧室のブースで視聴できるようにしてあります。こうした公演記録の充実に加え、展示活動も精力的に行っています。発足当初から能の面・装束をはじめ、文献や絵画等を収集し、20年以上経って相当集まってきました。それを資料展示室で公開するわけです。年に1回は、外部から貴重な資料をお借りして展示する催しも行います。ただ並べるだけではなく、図録を作成し、後世に資料価値を伝えるようにしています。こうした公開事業が、少しでも能への誘いになれば、とも思います。今、高島屋さんからお借りして「高島屋コレクション─華麗なる能装束─」(2007年9月21日〜12月8日)の展示を行っていますが、たとえば能をご存じない着物好きな方で、この展示を通じて実際の舞台を観たいと興味を抱かれるなら、こんな有難いことはありません。

国立能楽堂の役割・存在意義は何でしょう?

国立能楽堂館長・川合栄哉
撮影:大井成義

国立能楽堂が、既存の能楽堂のお客様を取ってしまうのではないかという危惧も当初はあったようです。しかし私は逆に、国立能楽堂の開場により、顧客層が広がった、市場が大きくなったと実感しています。

国立能楽堂は、自主公演の場であるばかりでなく、貸舞台としても、能楽師の皆さんほか広く一般に開放されています。稼働率は非常に高く、完全な空き日は1カ月に数日のみ。外部の催しも含め、公演、養成事業、調査・研究・公開すべてを通じて、国立能楽堂が、能の世界を外に向かって広げ、文化を発展させる拠点となり、能への思いが集まる場所になってほしいと私は思っています。

能楽普及への思いを聞かせてください

いい舞台づくりをサポートし、それをお客様に観ていただき、能への思いを深めてもらう。それにつきますね。その実現のためには、私たち職員も日々勉強し、お客様の目線でものごとを考える必要があると思います。折に触れ、皆と話し合っていますが、そこが疎かになってしまうと、あっという間に行き詰まってしまいます。

お客様の立場で考えれば、ご覧になりたい舞台や、意外な驚きを導く舞台をお見せできると思います。そこで楽しい思いをしていただければ、また来ようとか、ここだけではなく、ほかの能楽堂にもいってみようとか、広がりも期待できますからね。

能は650年もの歴史を経て今に伝わってきました。そんな昔に、これほどの芸術が存在したこと、それだけでも大変な価値がありますが、それを私たちの祖先、先輩らが実践し、脈々と伝えてきたことは、本当にすごいことです。ここにいる私たちが、ぜひ次の世代に伝えていかなければならない。常々そう思っています。(インタビュー:2007年11月 )

当サイトでは、国立能楽堂より、能楽堂舞台写真や所蔵文献からの写真画像等の提供を受けています。


プロフィール
1966年(昭和41年)、国立劇場に入職し、経理部・総務部の管理部門に勤務。1985年(昭和60年)に国立文楽劇場管理課に異動し、1987年(昭和62年)に同管理課長となる。その後、国立能楽堂管理課長、総務部人事課長、国立劇場事業部劇場課長、同事業部副部長、同事業部長を歴任し、2002年(平成14年)、国立能楽堂部長(館長)に就任、現在に至る。

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