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能を支える人びと


西野春雄 跳ぶ勇気を持ちつづけて
撮影:大井成義

現代の能楽研究をリードする碩学、西野春雄先生にお会いする機会を得た。卓越した業績と高名に、少々かしこまり、気後れしていたが、実際にお会いした先生は、大変に親しみやすい方であった。少年のように眼を輝かせて能を語りはじめると、その博識の泉から、次から次へ、汲めども尽きぬ話が湧いてくる。

今の能楽界の現状に警鐘を鳴らす、厳しく、そして妥協のない言葉もいただいた。しかし、その一言一句には、能の深みに臨んだ者のもつ愛情と、演者たちへの温かい励ましが感じられた。

華やかで危うい、今の能楽界

現代の能楽界は、一見、繁栄を謳歌しているように見えますが、危機にあると思います。心ある人は別ですが、演者も学者もマスコミも、能の本質をわきまえずに、表層ばかりに目が向いている。過剰な演出を伴ったり、装束付など、楽屋のことを一般公開してみたり、やたらと能を説明しようとする振る舞いがある。本来、能は秘すべきところがあって表現が生きてきます。今は、「何を秘すべきか」「何を顕すべきか」の線引きが、うまくいってないんじゃないかな。“啓蒙”という美名のもとで、何でも説明すればいいという風潮が目に余ります。字幕を出すシステムももてはやされていますが、使い方を誤れば、能のイメージを壊してしまいかねません。

海外公演も、かつては気迫のこもった質の高い時代もありましたが、曲がり角にきていると思います。出てはいけないとは言えませんが、能の日本代表として海外に出る力のない人まで、普及の名のもとに公演しています。憂うべき事態になりかねません

能ブームの隆盛に薪能の流行も一役買っていますが、催しが多すぎるのも問題です。薪能が集中する夏季は、もともと面、装束の虫干し期間であり、芸術の秋へ向けて、能楽師も休養する時期でした。最近、少し減ってきて、落ち着いてきたようですが。

もちろん私は、野外能を否定しているわけではないのです。黄昏から夕闇に移り、月が出て……。何とも言い難い、雰囲気のある素晴らしい催しもあります。ただ、選曲でも演出でも、易きに流れるのではなく、薪能にふさわしい選曲と、その作品が生きる演出を工夫してほしいのです。

伝えたい能の魅力

能を初めて観る方々には、先入観なく、素直に楽しんでほしいと思います。能は一種の長い“詩”です。無理に頭で理解しようとせず、言葉の響きやリズム、囃子の奏でる音楽に身を任せて、心で感じて楽しんでいただければいいんですよ。けれども、まったくわからないと楽しみようもありませんから、簡単なあらすじを解説書などで調べたり、詞章に目を通しておくのはいいでしょう。ただ調べ過ぎても疲れますので、ほどほどに。

ブレーキとアクセル

先代(8世)の観世銕之亟(静夫)さん(故人)が、能のエッセンスについて「西野さん、能はアクセルとブレーキだよね」と言われたことがあります。私もまったく同感です。アクセルを踏みながらブレーキを踏む、という、普通ではあり得ないような状況から能独特の表現が生まれます。所作や謡、囃子でも、このことは言えると思います。あえて言うなら、「二重表現」、「二重構造」でしょうか。“強さと弱さ”“若さと老い”のような相対立するものが止揚(アウフヘーベン)されて、新たな美が生成する。実際の演技を見ると、それがよくわかります。世阿弥も『風姿花伝』で、「強いものを表現するときは心を柔らかくもちなさい、逆に柔らかいものには、強靭さを伴いなさい」ということを言っています。

外国人による、能面研究の偉業

日本の仮面 能と狂言

最近の私の研究テーマのひとつが、能面です。その成果が結実し、今年(2007年)5月に一冊の本になりました。『日本の仮面 能と狂言』(フリードリヒ・ペルツィンスキー著・吉田次郎訳、野上記念法政大学能楽研究所監修 法政大学出版局)です。フリードリヒ・ペルツィンスキーは、19世紀生まれの、ドイツの東洋美術史研究者。1924年(大正13年)に、原著を発表します。この能面研究書は、日本人が成し得なかった能面の体系的な研究を、初めて、網羅的かつ緻密に行った偉業でした。ペルツィンスキーはこの本の冒頭で「日本の面打芸術の発展史は、実は日本でこそ書かれるべき」と書いていますが、能楽研究の黎明期を拓いた野上豊一郎も、原著に大いに刺激を受け、能面研究に打ち込んだといいます。

私もペルツィンスキーの偉業を知って以来、邦訳を出せないか研究を進めていました。京都大学名誉教授の吉田次郎先生(故人)の邦訳と出会い、ペルツィンスキーの書簡との数奇な出会いもあり、山中所員が中心となって翻訳原稿の見直しを進め、注を加え、若い人たちの協力で索引も付け、国内外の多くの人の協力で、この訳書を世に出すことができました。「念ずれば通ず」。まさにその通りでした。

海外研究交流への思い

私は1996年春から97年春までのロンドン、パリの留学をはじめ、海外の学会や調査などで、各地の研究者と交流してきました。海外の人たちは、能をまっさらな眼で見て、私たちの気づかないようなことを発見します。刺激を受けますね。ユーモア、エスプリを大切にする彼らとの気さくな交流も、良い影響を与えてくれました。イタリアの若者から「能の伝道者ですね」と有難い言葉をいただきました。その役割を果たし、彼らを含む海外の人たちに、本当の能のエッセンスの詰まった公演や映像を届けてあげたいと思っています。

先学の薫陶を受けて

西野春雄

法政大学に入学した頃は、能楽研究所の存在すら知りませんでした。表章先生(法政大学名誉教授)のゼミに入ったのが始まりで、文献資料の解読などを徹底して叩き込まれました。私の育ての親ですね。一方で、修士課程に進学以降、能の実技や技法を横道萬里雄先生(元東京藝術大学教授)にも教わりました。横道先生は百年に一人の天才的な方で、各流の実技に通暁し、技法研究の礎を築かれました。能楽技法研究会(通称“横道塾”)での指導のおかげで、素養のなかった私も一通りの技法・理論を習得できました。横道先生は心の師といった存在です。博士課程の頃には、故・観世寿夫さんの著作の助手を務め、深く学ばせていただきました。先達から多くを学び、出会えたことは、本当にすばらしい、有難いものだと実感しています。

能楽研究に進む土壌のひとつに、私の出身地の青森県八戸市鮫町に伝わる、独得の神楽「墓獅子」があげられるかもしれません。哀調を帯びた旋律と、最後に明るく転調するその囃子を聴いて育ったことも影響しているように思います。

研究者よ、跳躍せよ

能面研究でもうひとつ。山姥に使われる面で、一般的な山姥の面とは異なる特徴を持った面にイタリアで出会いました。それをきっかけに研究を進め、廃曲の「雪鬼」で使われた面ではないか、雪鬼が山姥に潜り込まされたのではという試論をまとめ、発表しました。厳密な証明資料は揃っていませんが、最終的に私は、その結論へ跳躍しました。横道先生は、「物事の研究には、常にある程度誤認の危険が伴うものなので、そこを乗り越えるのが研究者の識見というものであろう」と述べておられます。資料は確かに大切です。資料で固めて、そこまでしか言えませんという行き方もあります。しかし、私は跳ぶ勇気を持ちつづけたいと思います。跳び違えて捻挫することがあるかもしれませんが。

)「雪鬼」は西野氏(能本作成)らの尽力もあり、1993年(平成5年)、国立能楽堂の研究公演で喜多流の香川靖嗣氏の主演で復曲上演された。

能楽師たちへのエール

私のもうひとつの仕事は、学生を指導し、能楽師を励ますことです。ちやほやするんじゃ、ありませんよ。能は、特有の表現を持ち、古典ながら現代劇の一端をも担う力があります。決して廃れるとは思いませんし、そうなってほしくない。その思いで厳しい言葉も出しました。指針になるのは世阿弥の芸術論であり、その精神だと思います。観世寿夫さんも、世阿弥を拠りどころにして「能とは何か」、その本質をどこまでも探求されました。未来に本物の能を届けられるかは、今ある能楽師の人たちにかかっています。志をもって臨んでほしいですね。(談:2007年9月 )


プロフィール
1943年(昭和18年)、青森県生まれ。野上記念法政大学能楽研究所所長・同大学文学部教授。専攻は能楽研究、日本中世文学。能楽の総合的研究に多大な業績を上げ、能楽研究をリードしている。廃絶曲の解読や復曲や新作などにも力を注ぎ、多様なテーマで意欲的な活動を続けている。『岩波講座 能・狂言III 能の作者と作品』(共著、岩波書店)、『新日本古典文学大系57 謡曲百番』(校注、岩波書店)、『新潮古典文学アルバム15 能・狂言・風姿花伝』(編著、新潮社)、『能・狂言事典〈新訂増補〉』(共編著、平凡社)、丸岡桂『古今謡曲解題』の復刻・補訂(古今謡曲解題刊行会)など多数。

 

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