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能を支える人びと


写真家森田拾史郎 ただ一枚の、能を撮る
撮影:大井成義

写真家の森田拾史郎さんは、能や歌舞伎を含む舞台写真を中心軸に、独自の世界を表現されている。能については、能面から演者の舞いに至るまで丹念に撮り収め、その内在する多彩な魅力を引き出し、新たな写真芸術に創り上げた。自在なカメラワークにより、豊富なバリエーションを伴う作品群は、まるで何事かを物語るかのような、懐の深い佇まいが印象的である。

桜の華やぐ頃、東京都内にある森田さんのご自宅にお邪魔して、能を撮ることについて、お話をうかがった。恬淡として温かいお人柄と、端正で自由な芸術家の精神に触れた。

写真家三代、舞台を撮る

森田拾史郎撮影
© TOSHIRO MORITA

私の家は、三代続けてカメラマンをやっているんです。祖父は、銀座の風景と芸者、能、歌舞伎などを、父は歌舞伎と築地小劇場やなんかの新劇を撮っていましたね。そして私が古典芸能から新劇含めて全部撮り、そのほか広く舞台芸術全般にわたって撮っています。でも写真に親しんではいたものの、私自身は画家を目指して美大にいき、油絵でシュールレアリズムの絵を描いたりしていたんです。美大卒業後の昭和37年(1962年)頃から、写真の作品を撮るようになって、気がついたらこの道に入っていました。

小さい頃から親に連れられて、古典のいろんな舞台を観ていたものですから、能との出会いは、ごく自然でした。古典芸能のひとつとして、こだわらずに観ていたという状態でしたね。あらためて意識的に観はじめたのは、美大の2年生になってからです。

私は、能や歌舞伎をテーマに作品を創ってきたわけではありません。私の写真の本来のテーマは「人間の顔」。能や歌舞伎はあくまで素材であって、それを通して、人間の生きた感情や考え、言葉にならない思いや意志といったものを描きたいと思って取り組んできました。最初のうちは、能、歌舞伎、文楽、民俗芸能、雅楽など古典芸能を撮っていましたが、長年やっていくうちに、興味の対象は広がって、現代劇やそのほかの舞台芸術もどんどん撮るようになりました。能面や、韓国芸能の仮面などが持つ、豊かな表情にも惹かれ、素材の一部になっています。

初めて観るつもりで、“人間”を撮る

被写体に向かうときには、初めてその曲を観るような、新鮮な気持ちで臨みます。何十年もやっていますと、シーンが次にどう展開するか、大体わかります。でもそれをできるだけ頭に入れず、空っぽにして、いつも能を初めて観る人の気持ちで撮るのです。それにより、人間の顔、人間の姿をとらえて、単なる記録やコピーではない、オリジナルな写真を作り、その写真だけが表現できる何かをもたらしたいと思っています。

私のなかでは、誰を撮ろうとか、撮影する演者にこだわりはありません。若手も重鎮も皆同じ目線でとらえます。いずれも人間が演じ、それぞれの持つ情感はひとりずつ違います。そこに人間の姿の在り様を感じ取っていただければいい。同じように、どの舞台でなければいけない、ということもなく、能楽堂、神社、旅館その他演じられる場所も選びません。

最初、パターンにこだわった時期もありましたが、それでは表現できないことに気づき、いろいろな撮り方をこだわりなく使ってシャッターを押しています。まなざしのままに、時にはアップで、次はちょっと引きで、角度もいろいろ変えて、型を追わずにフォーカスし、瞬間を押さえます。私は、同じ型を何度も撮るのではなく、一瞬ごとに出会う、新しい「人間の顔」を撮りたいのです。

能の魅力は、活き活きとした生命力

世間で能は誤解されていると思います。一般的に、能は古くて保守的なものとイメージされているかも知れませんが、決してそんなことはありません。むしろ古典芸能のなかでは一番新鮮な活力を持っています。歌舞伎が決まった型、同じ芸を求めて停滞し、本来の歌舞伎から離れているように感じられる一方、能の世界は、芸の深みを追求していく姿勢が見られますし、新たな試みにも意欲的です。地味で目立ちませんが、それこそ、創造的な取り組みが定着し、珍しくないことの証です。私も、作家の林望さんとともに、新作能『かぐや姫』の演出に携わった経験を持っています。

能は面白い。ひとつとして同じ能はあり得ないですから。同じ曲でも5回演じれば、5回とも違う面白さがあるんですよ。古い伝統を受け継いでいるのに、どこか何かしら新しい。明治の動乱期に、スポンサーを失って、そこから一生懸命芸を磨いて盛り上げてきたことが、今に生きているのかも知れませんね。

私は写真を撮れば撮るほど、能の持つ新しさ、魅力を、より強く感じるようになりました。能を知ればうまく写真を撮れるようになるでしょうと、稽古を勧められることがありましたが、観る眼の新鮮さを失わないために、あえて習うことは、しませんでしたけどね。「人間の顔」は私の生涯のテーマです。これからも一枚一枚、面の表情や舞いの連なりに、その都度違って表れる、演者の思いをとらえ続けていきたいと思っています。(談:2007年4月 )

当サイトでは、森田さんの作品を、演目事典のフォトストーリーをはじめ、さまざまなコンテンツで紹介しています。写真に表れる変幻自在の表情を、どうぞお楽しみください。


プロフィール
昭和12年(1937年)、東京銀座生まれ。武蔵野美術大学卒。日本写真家協会会員。1966年、国立劇場準備室勤務。平成14年(2002年)退職。舞台写真を中心にさまざまなテーマの写真を、斬新な視点で撮り続ける。一方、古典芸能から現代舞踊までの演出家としても活躍。
主な写真集に『能のおもて1、2』『残酷の美』『石の小仏たち』(芳賀書店)『日本の仮面』『翔ぶ』(東海大学出版会)『能』『狂言 山本東次郎』『能を舞う女たち』(新人物往來社)『隈取り』『韓国の仮面』(宝島社)『能の四季』『道祖神』(京都書院)『アポロンにしてディオニソス 橋岡九馬の能』(アートダイジェスト)『舞踊』(ビイングネットプレス)他多数。
個展は『隈取り』(アメリカ各地を5年間巡回展)をはじめ『飛ぶ 跳ぶ 翔ぶ』他多数。

 

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