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庭の景色を眺めつつ、僧と老人がなおも言葉を交わします。融は、毎日難波から潮を汲ませて、院の庭で塩を焼かせて一生の楽しみとしたが、後を継ぐ人もなく、この河原院は荒れ果ててしまった……。そう嘆く老人を慰めようとしたのか、僧は都の山々の名所を教えてほしいと頼みます。あちこち挙げながら、一緒に仲秋の名月を愛でるうち老人は、つい長話をしたと言って水を汲む様子を見せた後、姿を消してしまいます。 近くに住む者から、河原院と融の大臣(おとど)の物語を聞いた僧は、先ほどの老人が大臣の亡霊だったと思い当たり、眠りにつきます。すると在りし日の姿で融の亡霊が現れ、月光に照らされながら華麗な遊楽に乗って舞うのでした。融は、時を忘れたかのようにこの月夜に興じていましたが、夜明けとともに、名残惜しい面影を残して、再び月の都へ戻っていきました。
観阿弥、世阿弥の時代、融の大臣(おとど)は、河原院にとりつく怨霊、鬼のイメージがあったようですが、この能では、風雅を愛した人物像に焦点を当て、月の都に住まう貴人という幻想的な融の姿を創りだしています。 一曲を通して取り立てて変化のある物語はなく、シテは老人から貴人へと役を替えながら、名月の輝く秋の風景のなかで、懐旧の情を帯びつつも、ただひたすら美を紡ぎ出すことへ収斂していきます。それを囃子、謡が盛り上げ、舞曲で風雅を表す様は、能が音楽であり、舞踊であり、詩であり、そのいずれもが重なって創られる美そのものだと感じさせてくれます。 ▼ 演目STORY PAPER:融演目ストーリーの現代語訳、あらすじ、みどころなどをPDFで公開しています。能の公演にお出かけの際は、ぜひプリントアウトしてご活用ください。
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